桜の季節が終わり、新緑の季節になりました。船橋市夏見5丁目にある当園の農園では、今、枝豆を育てています。また、幼稚園では、子どもたちが朝顔の種を植えて、栽培を開始しています。植物を育てるには、こまめな観察が必要です。

 

 4月6日に入園した子どもたちも、幼稚園生活に少しずつ慣れ、教室からは明るい声が聞こえてきます。 5月は、親子遠足、あるいは本格的教育活動を開始しながら、子どもたちを注意深く見つめて、成長を応援したいと想っています。 さて、平成30年度は、幼稚園教育要領が改訂され「幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿」が文部科学省より発表されています。

 

その内容は、
 

1.健康な心と体
2.自立心
3.共同性
4.道徳性・規範意識の芽生え
5.社会生活との関わり
6.思考力の芽生え
7.自然との関わり・生命尊重
8.数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
9.言葉による伝え合い
10.豊かな感性と表現

 

になります。

 

 幼稚園教育要領変遷の歴史は、平成元年度に、6領域から5領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)に変わり、平成30年度から低年齢でも取り組める「幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿」が設定されています。

 

 「10の姿」が設定された理由は、保育所に通う0歳児から2歳児までの支援を、今まで「養護」と位置づけていましたが、厚生労働省が0歳児から2歳児までも「幼児教育の範疇」としたことにより、幼児教育の年齢幅が拡大し、このような「抽象的な内容」を文部科学省が提示しています。

 

 しかし、現場を知る私(園長)としては、0~2歳児と3~5歳児が同じ目標設定には納得できません。

 

因みに、当園の教育目標は、

 

1. 明るく楽しく、元気で意欲のある子に

2. 豊かな経験から、考えて行動する子に

3. 友だちと仲良くし、思いやりのある子に

4. 動植物を可愛がる、優しさのある子に

5. 物事を最後までやり通す、忍耐や体力のある子に

6. 物を大切にして、創意・工夫をする子
 

になります。

 

 昭和時代の幼稚園教育要領には、6領域(1健康・2社会・3自然・4言語・5音楽リズム・6絵画製作)がありましたが、文部科学省は「時代の変化に対応する指導」を掲げ、10年ごとに幼稚園教育要領を変えています。

 

 私(園長)は、変える必要のない改革をしていると感じています。その結果、6領域の音楽リズムに関しては、現在のレベル(現在は音楽リズムという項目はありません)より、「昭和時代の方が良かった」と感じている人たちが多数存在します。

 

 すると、最近の幼児教育は、低年齢化により「深みのない教育」になっているのです。また、どんな年齢でも、友だちと仲良く過ごすことは大切ですが、年齢が高くなれば、「特に仲良しな友だち」など「人間関係に深さ」が表れてきます。 意見の異なる友だちと十分話し合い、尊重することを知り、葛藤を乗り越えることも大切な経験です。

 

 しかし、国家が推奨する幼児教育は、虐待する家庭が増加することで、福祉の必要性を考慮し、「子育ては社会全体」で行うとしています。 その結果、「海より深い両親の愛情」を尊重することが薄れています。

 

 令和元年の出発にあたり、幼児教育の原点、しんめい幼稚園の歴史を知り、 親子関係の深みを築いていただくようお願いします。

 ご入園、進級、おめでとうございます。

 平成31年度も、教職員一同、子どもたちのために一生懸命努力させていただきます。 よろしくお願い致します。

 

 さて、当園の西門入口にそびえる桜の木は、樹齢約50年です。 50年前は、細い枝のような幹だったことを覚えています。 それが今では、幼稚園のシンボルのような樹木になりました。 昭和、平成、令和と時代を生きる樹木に、歴史を感じています。そして、暑さ寒さ、風雨に耐えながら、美しい花を咲かせる桜の木から、力強さも感じています。 幼稚園のシンボルの桜の木は、しっかりと根が伸びていることと想います。

 

 幼児教育は、すぐに花を咲かせる活動ではありません。 満開の桜の木を見ながら、時代の変化にも対応できる「大きな根を張る幼児教育」がしたいと想っています。

 

 3月は大リーガーのイチローが引退し、替わりに大相撲・貴景勝が大関になり、年号だけではなくヒーローも時代に合わせた入れ替わりがあることが判りました。 しかし、時代が変化しても、変わっていないことがあります。 イチローは「努力は裏切らない」「昨日の自分に勝つ」と発言し、貴景勝は「相撲道精神を大切にしている」「勝っても奢るな、負けても腐るな」と時代を創る人たちの「努力を惜しまない、ひたむきな言葉」には変化がありません。

 

 昨今は、個性を生かした生き方が求められています。 2020東京オリンピックを例にすると、新しい競技として、空手、スケートボード、サーフィン、スポーツクライミングなどが加わりました。 選ばれない種目があり、新しい種目が生まれています。

 

 このような変化を「時代の変化」と呼ぶのでしょう。 だからと言って、幼児期に新しい種目を本格的に指導すべきでしょうか。 両親に特別な才能があり、指導力が優れている家庭の子どもは、幼いころから特化した種目に磨きをかけることがあります。 しかし、大多数の子どもは、色々な遊びを経験しながら得意分野を見つけていきます。 そのときに、両親や周囲の人たちのアドバイスが貴重になります。

 

 イチローの父親は野球選手ではありません。また、貴景勝の父親は大相撲出身ではありません。ですから、両親としての技術的アドバイスには、限界があったはずです。 すると、野球を選択したり、相撲を選択したりするには、子ども自身に葛藤があったに違いありません。 それでも、二人の両親は「子どもの夢を叶えてあげたい」と想い、生活面、金銭面、精神面でも応援を続けていました。 時代は変化していますが、親心には変わりはありません。 両親としては、消えていくスポーツや職業があることから、どんな事態になろうとも克服できる精神力、体力、努力すること、そして「勝っても奢らない、負けても腐らないこと」を、幼いときに教えていたに違いありません。 イチローや貴景勝が発した言葉は、日頃から、両親、師匠、身近な人生の先輩が、発していた言葉だったと想います。

 

 現在、大相撲大阪場所で、横綱白鵬が優勝インタビューのときに「三本締め」をしたことが問題になっています。 白鵬は15歳のときに日本に来ていますが、幼いときはモンゴルで生活していることから、モンゴル文化が根底にあるようです。

 

 日本は、これから外国人労働者の受け入れが始まります。 外国文化が染みついた人たちが、数多く日本で生活するようなります。すると、日本文化より自国文化を優先し、日本文化より合理性が重視されるような気がします。 イチローが、日本でも米国でも慕われたのは、和の心を大切にし、「自分に勝つ」という武士道精神が、米国でも評価されたからに違いありません。

 

 昔、テレビドラマに「姿三四郎」がありました。 その主題歌の歌詞は「人に勝つより 自分に勝てと 言われた言葉が 胸に染む つらい修行と 弱音を吐くな 月が笑うぞ 三四郎」がありました。 イチローが、50歳まで現役を続ける意思があったのも「人生は自分との戦い」であることを証明したかったのかも知れません。

 

 私は、日本のグローバル化により「日本文化と、日本人としての心の中の魂が薄れるのではないか」と心配しています。 それを呼び覚ます、万葉集を基にした「令和」への元号改定のように思えます。 外国人は「大震災でも物の奪い合いのない日本」に驚嘆しています。 日本人は、共生社会を受け容れる寛大な心を持ち、集団を大切にする文化があります。相手を思いやる文化があります。

 

 当園は、幼児教育を通じて、家族や友だちを大切にする、優しさと思いやりのある子どもたちを育てたいと思っています。 神明幼稚園シンボルの満開の桜を見ながら、52年目の幼稚園を開始させていただきます。

 競泳・池江璃花子選手が白血病に、タレント・堀ちえみさんが舌がんの病に侵されたことが報じられ、驚きとともに完治を祈る声が聞こえてきます。特に、池江選手の祖母が「水泳より命が大切、私より先に逝かないで」と発言する、悲痛な祈りの声を聞くと目頭が熱くなります。是非、ふたりとも、時間をかけても健康を取り戻して欲しいと想っています。

 

 さて、教育関係者として昨今の話題は「児童虐待」です。千葉県野田市での児童虐待事件を受け、国会議員が「児童虐待」を無くす法律案を提起しています。

 

 「罪を重くする」「社会で見守る」「児童相談所の対応を厳格にする」「児童相談員を増員する」などが明記されるものと想います。しかし、そのような対応だけで「児童虐待」を防ぐことができるでしょうか?

 

 ごく普通の家庭でも、子どもと接する中で「駄々をこねる子ども」に、きつく言うことがあります。私(園長)自身、子どもの頃、親に叱られ「玄関の外」で泣いた記憶があります。そのようなとき、隣のおばさんから「こうちゃん(園長の子どもの頃の愛称)どうしたの」と諭された記憶があります。

 

 しかし現代は、近隣の人たちと「コミュニティーを作ること」に抵抗を感じる人が多くなっています。プライバシーが尊重され、個人の自由があり、近隣の人に声がかけられない世の中になってしまいました。また、小学校のPTA活動に参加しない家庭もあり、「無関心」「要求するが協力しない家庭」が増えています。

 

 「ふるさと納税」という制度があります。「生まれ故郷に税金を納める制度」と想っていましたが、故郷でなくとも特産品がもらえる制度であり、「コミュニティー」を求める制度ではなかったことが残念でなりません。

 

 シンガーソングライター・小椋佳の「遠きにありて」の歌に、「きっと いい人がいる きっと いいことがある この町を出て 夢の古里へ行こう」という歌詞があります。この歌を題材にしたドラマがありました。そのドラマの結末は「今、住んでいる町が一番いい町」ということでした。住んでいる町が住みにくいと感じるのは、町に責任があるのではなく、コミュニティーから逃げる人の心の中にあることを教えたドラマでした。

 今、幼児教育界では「みんな違ってそれでいい」という考え方が横行しています。確かに「個性は尊重されるべき」です。しかし、社会性を身につけるべき幼児教育は、「同じ体験をすることで、喜びが共有できて楽しかった」と教えるべきです。「周囲の人との違いを見つける」のではなく、「想いが一緒であること」を指導しなければ、まとまりのない社会になってしまいます。

 

 これから益々、自由尊重の時代に突入します。だからこそ今、家族や地域コミュニティーを大切にしなければなりません。

 

 国際化といえども、日本の国がまとまらなければ、「船頭多くして船山に登る」になってしまいます。まとまらない国にならないために、子どもたちの仲間作り、父母様たちの仲間作りが、幼児教育や子育てには必要です。そして、これらは「幼稚園だけ」がするのではありません。家庭と地域が一体となり、船橋から児童虐待を出さない地域にするのです。そして、日本全体としても「子どもが一番大切」と言える国、そのための行動ができる人たちを「育てる国」にすることが、国際化の波を乗り切る最善の方法と想っています。

 

<参考資料>小椋佳「遠きにありて」:youtube

https://www.youtube.com/watch?v=zDIcdm4K3DQ