今年も暑い夏となりました。 テレビのニュースでは「熱中症を避けるためエアコンを使用しましょう」と伝えています。すると、エアコンの室外機から暖かい空気が放出され、益々、屋外が暑くなります。大袈裟ですが、アラスカの氷が溶けているのも便利な生活の代償かも知れません。 便利に慣れてしまった現代人は、子どもたちにも、今まで大人たちが歩んだ自然崩壊を追随させるのでしょうか。

 

 9月初旬から、10月5日の運動会に向けて練習を開始します。 残暑厳しい季節ですが、熱中症に注意しながら、なし狩り遠足や運動会練習を行い、自然との共存ができる子どもたちを育てたいと想っています。

 

 さて、この夏は10月からの「幼児教育無償化」の準備になりました。 父母様には、1学期末までに書類を提出していただきましたが、変更などの問い合わせがあり、10月以降も多少の混乱があるような気がします。 子育てに必要なことは「慌てない」ことです。今後も船橋市や習志野市から書類提出の要請があると思いますが、ご協力をお願いします。

 

 「幼児教育の無償化」は、子どもを私立幼稚園に通わせる父母様にとって、戦後(昭和20年)以来の悲願でした。昭和30年に私立幼稚園就園奨励費補助制度が出来ましたが、それまでは、福祉施策の一環として生活困窮家庭を救済する制度のみでした。 その後、元総理大臣・森義朗氏が中心になり、幼児教育振興として父母様と幼稚園教諭が一体となり活動したことで、私立幼稚園就園奨励費補助制度が確立したのです。 しかし、生活困窮家庭、あるいは低所得者のみが受給できるこの制度には、不備があると訴え続け、少しずつ所得制限が引き上げられ、ようやく、令和元年10月から、所得に関係なく補助が受けられることになりました。

 

 ですから、今回の制度改革は、幼児教育無償化ではなく、「私立幼稚園就園奨励費補助金の所得制限撤廃」が本来の言い方です。

 

 「より良い幼児教育を実現するための制度改革」なのです。 このことによって、子どもの育て方が変わるのではありません。 今まで以上に、子どものために金銭や時間を、どのように費やすかが問われているのです。 先に述べたように、子どもたちの生活環境は悪化の一途です。 このままでは、大気の暑さは知っても、家庭の温かさを知らない子どもたちが育ってしまいます。

 

 しんめい幼稚園では、常々「子育ては楽しむもの」としていますが、国家から、この言葉を聞いたことはありません。 この原点を失った子育ては、「子どもたちの将来を考えない子育て」であり、無償化が「親子の絆を希薄なもの」にしてしまいます。

 

 人間の生き方が千差万別になり、子どもの為より、自分自身の生き方を優先する思考が蔓延っていますが、オリンピック選手の両親は、お金と時間を子どもの為に注ぎ込んでいます。

 

 子どもの夢を叶えてあげるのが「本来の親」なのです。

 

 今回の幼児教育無償化が世の中を二分するに違いありません。 現在、国家も外交問題・年金問題などで苦しんでいますが、将来の子どもたちの活躍に夢を託しての幼児教育無償化です。 幼児期は、親子の絆を深め、子どもに大きな夢を持たせることが「親の務め」と感じる昨今です。 

 

 平成から令和に替わり、新しい時代の「幕開けの1学期」となりました。 園児たちは「新しい時代を気にすることもなく」園生活を楽しんでいます。 毎日新しい発見をしていることで、平成と令和の違いを感じることはないようです。 ですから、幼児教育は時代に囚われない指導しなければなりません。当園はどんな時代にも対応できる園児たちを育てたいと想っています。

 

 さて、1学期の印象的な出来事は「親子ふれあいの日」行事にありました。 体育館でのミニミニ運動会は、園児と父親が活動し、母親はカメラマンとして活躍する家庭が多くありました。当園オリジナルの「親子体操」は、少し疲れるけれど「楽しみたい」と声があり、父親の奮闘ぶりは、家族での楽しい会話を導いたようです。教室での活動も、親子製作を楽しんでいただきました。今後も、当園が主張する「子育ては楽しむもの」を実践したいと想っています。

 

 今年の入園式は、年少組が5クラスとなり賑やかな入園式となりました。大勢の家族が1枚の写真に収まった入園記念写真を見るたびに、「当園の教育に期待するもの」を感じます。卒園のときは「満足」と言っていただけるような活動をしたいと想った次第です。

 

 4月はクラス顔合わせ会、家庭訪問があり、1年間の準備期間の1ヶ月でした。そのお陰で1学期後半には「落ち着いた生活」ができるようになりました。これも、この準備期間を父母様にご理解いただいた賜物と想っています。

 5月は親子遠足を行いました。今まで、中山競馬場での遠足でしたが、馬場改修により、場所をアンデルセン公園へ変更し行いました。天候にも恵まれ、楽しいひとときでした。あまりにも広い公園、他団体も多くあり、園児たちの活動が「見え難い」ことがありましたが、後日、業者が撮影した写真を見たとき「親子で笑う写真」が多くあり、遠足を楽しんでいたことが判りました。

 年長児は、5月に「海を見る遠足」も楽しみました。「海を見る遠足」ですが、天候にも恵まれ「検見川浜の浅瀬」での水浴びになりました。友だちと一緒に貝殻を拾い、小魚を見つけ、楽しさの中で「クラスの連帯感」を導くことにも効果があったようです。

 6月の印象的な出来事は、農園での「枝豆採り」でした。降雨が続き、予定日より少し遅くなった収穫となりましたが、園児たちの笑顔は最高潮でした。 「今晩は、『お豆ご飯』が食べたい」「お父さんの喜ぶ顔が見たい」と言いながら、小さな身体で沢山の枝豆を抱え、帰りの送迎バスに乗る姿に「頼もしさ」を感じました。

 その他、年長児は10月の運動会で披露するマーチング練習が始まり、教室からは「鉄腕アトム」の曲が聞こえてきます。

 

 「現在を楽しみながら、未来に向けて努力する力を養う」これが当園の教育です。 そこには父母様の協力も必要です。 幼児教育の無償化が、「教育の無関心」になることなく、父母様の協力を得ながら、今後も、子育ては「楽しむもの」を実践していきたいと想う昨今です。

 園児たちが、毎朝、元気に登園する姿、プール遊びを楽しむ姿を見ていると、園児たちは友だちの大切さを知り、順調に社会性を身につけていると感じます。私が園庭を歩くと、園児たちが近寄り話しかけてきます。そのような「私に懐く幼い子どもたち」を見ていると、心の清らかさと、父母様の愛情を感じます。

 

 しかし世間では、父母様の愛情を受けていない子どもたちがいます。 平成31年1月野田市で10歳の女児、令和元年6月札幌市で2歳の女児が虐待を受け亡くなる事件がありました。これらの事件を重く受け、国会では、令和元年6月に「改正虐待防止法」を成立させましたが、この様な事件は無くなるのでしょうか。

 

 私は、両親が優しい気持ちで子どもを育て、周囲の人たちも優しい気持ちで子どもを見守らなければならないと想っています。

 

 「無関心」あるいは「ひとりぼっちの子育て」を容認してはいけないのです。

 

 今回の改正法のポイントは、体罰禁止、守秘義務、虐待家庭に転居があっても切れ目のない支援、情報共有の強化などがありますが、子どもへの愛情が増すような指導はありません。 周囲の人たちが「親ひとりぼっちの子育てをさせない」対策を講じる必要があると想います。

 江戸時代に五人組という制度がありました。江戸幕府が年貢の取り立てなどに利用し、現代社会には不合理な制度ですが、相互扶助の関係を作り、治安維持には効果があったようです。 現在、国家主導の五人組はありませんが、「親自らが気の合う仲間を見つけ、五人組のような関係を築くこと」が大切と感じています。

 

 私は長年、園長を務める中で、父母様の陶芸クラブ、お料理教室、囲碁クラブを作りました。 また、子どもが通う課外教室を充実させたことで、送迎時を利用して父母様同士の交流があり、子どもが小学生になっても親同士の交流が続いていることを聞いています。 幼稚園とは、「子育て」という共通意識を持った人たちが、悩みや喜びを語り合う場所です。是非、今後も当園の施設を利用いただきたいと想っています。

 

 しかしながら昨今は、共通意識ではなく、個性尊重の合い言葉「みんな違ってそれでいい」があります。 確かに個性尊重も大切ですが、お互いの共通の想いを確認することで友だち関係が深まります。

 

 中学校の数学に、AX+BX+CX=(A+B+C)Xがあります。 人に例えるならA、B、Cは個性であり、Xは共通の気持ちです。 幼児教育はA、B、Cも大切ですが、Xを指導することで人間関係としての信頼感を作り社会性を養います。 虐待のない世界にするには、世代を問わない「親の想い(X)」を見つけ、それを「子育ての共通項」とすることが求められている昨今です。