平成から令和に替わり、新しい時代の「幕開けの1学期」となりました。 園児たちは「新しい時代を気にすることもなく」園生活を楽しんでいます。 毎日新しい発見をしていることで、平成と令和の違いを感じることはないようです。 ですから、幼児教育は時代に囚われない指導しなければなりません。当園はどんな時代にも対応できる園児たちを育てたいと想っています。

 

 さて、1学期の印象的な出来事は「親子ふれあいの日」行事にありました。 体育館でのミニミニ運動会は、園児と父親が活動し、母親はカメラマンとして活躍する家庭が多くありました。当園オリジナルの「親子体操」は、少し疲れるけれど「楽しみたい」と声があり、父親の奮闘ぶりは、家族での楽しい会話を導いたようです。教室での活動も、親子製作を楽しんでいただきました。今後も、当園が主張する「子育ては楽しむもの」を実践したいと想っています。

 

 今年の入園式は、年少組が5クラスとなり賑やかな入園式となりました。大勢の家族が1枚の写真に収まった入園記念写真を見るたびに、「当園の教育に期待するもの」を感じます。卒園のときは「満足」と言っていただけるような活動をしたいと想った次第です。

 

 4月はクラス顔合わせ会、家庭訪問があり、1年間の準備期間の1ヶ月でした。そのお陰で1学期後半には「落ち着いた生活」ができるようになりました。これも、この準備期間を父母様にご理解いただいた賜物と想っています。

 5月は親子遠足を行いました。今まで、中山競馬場での遠足でしたが、馬場改修により、場所をアンデルセン公園へ変更し行いました。天候にも恵まれ、楽しいひとときでした。あまりにも広い公園、他団体も多くあり、園児たちの活動が「見え難い」ことがありましたが、後日、業者が撮影した写真を見たとき「親子で笑う写真」が多くあり、遠足を楽しんでいたことが判りました。

 年長児は、5月に「海を見る遠足」も楽しみました。「海を見る遠足」ですが、天候にも恵まれ「検見川浜の浅瀬」での水浴びになりました。友だちと一緒に貝殻を拾い、小魚を見つけ、楽しさの中で「クラスの連帯感」を導くことにも効果があったようです。

 6月の印象的な出来事は、農園での「枝豆採り」でした。降雨が続き、予定日より少し遅くなった収穫となりましたが、園児たちの笑顔は最高潮でした。 「今晩は、『お豆ご飯』が食べたい」「お父さんの喜ぶ顔が見たい」と言いながら、小さな身体で沢山の枝豆を抱え、帰りの送迎バスに乗る姿に「頼もしさ」を感じました。

 その他、年長児は10月の運動会で披露するマーチング練習が始まり、教室からは「鉄腕アトム」の曲が聞こえてきます。

 

 「現在を楽しみながら、未来に向けて努力する力を養う」これが当園の教育です。 そこには父母様の協力も必要です。 幼児教育の無償化が、「教育の無関心」になることなく、父母様の協力を得ながら、今後も、子育ては「楽しむもの」を実践していきたいと想う昨今です。


 園児たちが、毎朝、元気に登園する姿、プール遊びを楽しむ姿を見ていると、園児たちは友だちの大切さを知り、順調に社会性を身につけていると感じます。私が園庭を歩くと、園児たちが近寄り話しかけてきます。そのような「私に懐く幼い子どもたち」を見ていると、心の清らかさと、父母様の愛情を感じます。

 

 しかし世間では、父母様の愛情を受けていない子どもたちがいます。 平成31年1月野田市で10歳の女児、令和元年6月札幌市で2歳の女児が虐待を受け亡くなる事件がありました。これらの事件を重く受け、国会では、令和元年6月に「改正虐待防止法」を成立させましたが、この様な事件は無くなるのでしょうか。

 

 私は、両親が優しい気持ちで子どもを育て、周囲の人たちも優しい気持ちで子どもを見守らなければならないと想っています。

 

 「無関心」あるいは「ひとりぼっちの子育て」を容認してはいけないのです。

 

 今回の改正法のポイントは、体罰禁止、守秘義務、虐待家庭に転居があっても切れ目のない支援、情報共有の強化などがありますが、子どもへの愛情が増すような指導はありません。 周囲の人たちが「親ひとりぼっちの子育てをさせない」対策を講じる必要があると想います。

 江戸時代に五人組という制度がありました。江戸幕府が年貢の取り立てなどに利用し、現代社会には不合理な制度ですが、相互扶助の関係を作り、治安維持には効果があったようです。 現在、国家主導の五人組はありませんが、「親自らが気の合う仲間を見つけ、五人組のような関係を築くこと」が大切と感じています。

 

 私は長年、園長を務める中で、父母様の陶芸クラブ、お料理教室、囲碁クラブを作りました。 また、子どもが通う課外教室を充実させたことで、送迎時を利用して父母様同士の交流があり、子どもが小学生になっても親同士の交流が続いていることを聞いています。 幼稚園とは、「子育て」という共通意識を持った人たちが、悩みや喜びを語り合う場所です。是非、今後も当園の施設を利用いただきたいと想っています。

 

 しかしながら昨今は、共通意識ではなく、個性尊重の合い言葉「みんな違ってそれでいい」があります。 確かに個性尊重も大切ですが、お互いの共通の想いを確認することで友だち関係が深まります。

 

 中学校の数学に、AX+BX+CX=(A+B+C)Xがあります。 人に例えるならA、B、Cは個性であり、Xは共通の気持ちです。 幼児教育はA、B、Cも大切ですが、Xを指導することで人間関係としての信頼感を作り社会性を養います。 虐待のない世界にするには、世代を問わない「親の想い(X)」を見つけ、それを「子育ての共通項」とすることが求められている昨今です。

 当園の体育館の裏には一本のビワの木があります。 今年もその枝に、小さなビワの実が成りました。園児たちが食べるには極小の実です。時折、どこからか野鳥が飛んできて啄んでいます。 このビワの木は、昭和58年に体育館を建築したときに植えたものです。 そのときから35年余り経過し、ビワが実るたびに当時を思い出します。

 

 先日(6/8)の親子ふれあい日では、親子製作や、ミニミニ運動会を行い、子どもたち、父母様、教師が楽しいひとときを過ごしました。 しんめい幼稚園で一緒に過ごした時間、同じ行動をした経験が、共通の思い出をつくり、仲間をつくります。 個性尊重の時代ですが、仲間づくりの思い出が、子どもたちを成長させています。

 「みんな違ってそれで良い」ではなく、「同じ経験をして、想いが同じであり、喜びを分かち合うこと」が幼児教育には必要と想っています。 これからも、しんめい幼稚園では、このような経験を大切にしたいと想っています。

 

 さて、5月下旬にトランプ大統領が日本を訪問し、大相撲を見学し、土俵にあがり、優勝力士・朝の山関に表彰状と大統領杯の授与がありました。 私は、その様子をテレビで見ていました。 トランプ大統領は、表彰状を読み上げる際、「左手だけで賞状を持ち」、右手は手を垂らしたままでした。優勝力士に表彰状を渡すときは、表彰状を右手に持ち替え、左手を添えることもなく、また、表彰状の文面を受け取る側に向けることもなく渡したのです。 おそらく、トランプ大統領が行った表彰状の渡し方は、米国での一般的な渡し方と想います。 トランプ大統領に、土足では土俵に上がらない文化を指導したのならば、日本文化として、表彰状の渡し方を指導しておくべきだったと感じました。

 

 また、トランプ大統領は、大相撲の力士を「ジャパニーズ・レスラー」と訳すそうですが、大相撲には「心技体」があり、「場外乱闘」はありません。 大相撲の力士は、あくまで「RIKISHI」と表現して欲しいと想っています。 些細なことのようですが、この様に、昨今は「海外文化は受け容れるが、日本文化を知らない人」が増えています。

 

 茶道を嗜む人ならば、茶器の正面を相手に向けて差し出すことは、当然の文化です。食事をするときは、両手を合わせて、「いただきます」「ごちそうさま」を唱える文化も日本文化です。勝敗のつく競技において、負けた人の前でガッツポーズをしない文化も日本文化です。君が代斉唱の後は、先人を想い、心を鎮め、静かに着席することも、日本文化です。その他、日本には多くの文化があり、受け継がれてきました。 「郷に入っては郷に従え」という諺があります。たとえ、トランプ大統領であっても、妥協しない信念が欲しかったと想います。

 

 しかし昨今、この日本文化を子どもたちに指導しない風潮があります。 この用紙の裏面(下記リンク)で、数年前に「風のささやき」として紹介した新聞記事を添付します。 最近(令和元年5月)、ある絵本会社の編集長が当園を訪問したとき、編集長か ら、「このような光景(目隠しをしないスイカ割り)を、他園でみたことがある」と話されていました。

 

 昨今は、「楽しければ、それで良い」が世間の風潮ですが、「楽しき中にも、文化有り」を指導するのが幼児期です。 夏休みを前に、家庭教育を振り返って欲しいと想っています。

 

……(PDFリンク)風のささやき 新聞記事から「子どもも親も自分らしく」